Nico's Blog

主に武術に関する考察や研究を真面目な観点から面白観点に至るまで様々まとめています

陸奥圓明流の初期の技は実現可能なのか真面目に考えてみる【双龍脚】

陸奥圓明流とは?

修羅の門」という漫画がある。

私が生まれる前から連載しているシリーズなので、非常に多くの読者がいると思う。
この漫画に初めて触れたのは確か小学生3、4年生くらいのときだった。床屋に行って待ち時間のときにたまたま読んだのだが、当時空手を習っていたこともあって非常にかっこいい漫画だと感じた。何故ならば、それまで読んできた格闘漫画はコロコロコミックに出てくるようなものだけであり、コロコロコミックの漫画は基本的に対象年齢層が低く、いわゆる「残酷さ」や「危険さ」みたいなものがデフォルメで描かれるが、「修羅の門」はそれに比べると結構リアルなものだと感じたからだ。もちろん、今見るとやはり漫画なので「いやそうはならんやろ」という描写も多いが、武術・武道をやっていると参考にすべき部分も少なからず存在する。

さて、陸奥圓明流とはこの漫画に出てくる流派の名前である。
主人公の陸奥九十九は「陸奥圓明流」という古流武術の継承者として登場し、作中では歴代の使い手の中でも最強の存在となっている。名言に「陸奥圓明流千年の歴史に敗北の二文字はない」というものがあり、それを証明するようにマジで強い。

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陸奥圓明流◯◯」って言っときゃほぼ勝ち確定だろうというくらい、繰り出す技で相手を破っている。そしてその技は、当時の私にとっては「うひょおおお、こんなん絶対つええに決まってるじゃん!!」という豪快で派手な技のオンパレードだった。
軽く挙げてみると

など、中二病感満載である。特に初期の頃の流れは

相手「(得意技を出し)どうだ!これではお前も勝てまい!」

陸奥九十九「勝てるぜ」

相手「なに!」

(なんかすごい技ドーン)

陸奥九十九「陸奥圓明流◯◯…!」

と、ことごとく不利な状況から華麗に逆転するので、中二病真っ盛りだった私は「これは絶対に使える技に違いない!」とまぁまぁ本気で信じ込んでいた。
しかし悲しいかな、小学生ではどんな素晴らしい陸奥圓明流の技も再現する技術も知識もなく、およそ出てくる技はすべてファンタジー状態となってしまい、虎砲も無空波も再現できるはずがなかった。だっていいとこ空手だと海堂さんの双龍脚くらいしか真似しようがないし(これだって実現できたらすごい!)
陣雷さんのローキックもすごい威力ではあるが、テレビやYoutubeなどを見るとバットをローキックで折っている人は一定数いるので、さほどファンタジー感はないし、当時の私にローキックは地味に感じてしまった。あれは陣雷さんというキャラクターのせいだと思うけど。かといって泉さんの飛燕連脚や紫電はちょい無理がありすぎたので、海堂さんの双龍脚ならいけるんじゃないかと真似したのもいい思い出である。
ということでまずは「なんかギリギリ行けそうだけど冷静に考えると無理じゃね?」というこの双龍脚の検証・考察からスタートしてみたい。

双龍脚とは


双龍脚とは右回し蹴りを相手に放ち、相手がガードしたと思ったら左回し蹴りが飛んでくるという、原理だけ聞くと非常にシンプルな技である。作中では「左右の回し蹴りを瞬時に叩き込む」と表現しており、この技の凄さを証明するように、双龍脚の描写は陸奥九十九と言えども初見では流石に反応できなかったのか、しっかりと蹴りを食らってしまう流れとなっている(でも確かギリギリで飛んで衝撃逃してたかな?)
ジョジョの奇妙な冒険ポルナレフDIOのザ・ワールドを食らった時の

「おれは の前で階段を登っていたと
思ったら いつのまにか降りていた」

な… 何を言っているのか わからねーと思うが 

おれも 何をされたのか わからなかった

というセリフはあまりに有名であるが、想像するに双龍脚もやられてみるとそういう心境になるんじゃないだろうか。「右回し蹴りが来たと思ってガードしたら、いつのまにかKOされていた」みたいな感じだと思う。

何しろ当たった時の音もすごい。

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ガシイイイ

ズドン!とかバン!ではなく、ガシイイイである。そんな音、金属同士がぶつかった時にしか聞いたことないぞ。

もう想像に難くないだろうが、難易度が相当高い技なのでこれができる海堂さんは作中で「天才」と称され、陸奥九十九をして「海堂さんは強いよ」と言わしめている。海堂さん半端ないって!

さて、回し蹴りを二連続で瞬時に叩き込むというのは、一聞した限りでは「まぁいけるんじゃない?」と思ってしまうが、冷静に考えてみると相当な技術と修練がいることがわかる。何故ならば海堂さんの回し蹴りは恐らく左右同等の威力があるからだ。

以下のサイトに詳しい回し蹴りの手順が掲載されていたので、引用させていただくと

  1. まず、膝を横に高く引き上げます。その際、軸足と体が左右・前後にぶれないよう一直線となるように意識しましょう。
  2. 膝を抱え込んだ状態から体を回しながら相手の上段(頭部)を蹴ります。
  3. 蹴り終わったら、蹴った足を元の軌道を通るように引いて着地しましょう。

とある。

www.kids-karate.net

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非常に綺麗な上段回し蹴りをされており、まさに海堂さんの回し蹴りを想像するのにぴったりである。

こちらの写真を拝見するに、やはり威力のある回し蹴りというのは軸足がしっかりとしており、私も蹴りを習った時は「軸足が威力を出す」と言われた。となると、威力がある右回し蹴りを出すには一度はこの体制、もしくは近い状態にならないといけないことが考えられる。ムエタイの蹴りも空手の蹴りとプロセスは違うものの、やはり軸足をステップインさせ、体軸が安定した状態でしっかりと体重を乗せることで威力を出している。ここで空手の蹴りとムエタイの蹴りを比べる気はなく、あくまでどちらも軸足の安定があってこそ大きな威力が発揮される、という原則に注目したい。

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これらを踏まえ

  • 双龍脚の実現には左右で威力のある回し蹴りが必要である
  • 威力のある回し蹴りは安定した軸足が求められる
  • 威力のある回し蹴りを出している人は、軸足が地面についたままである

と仮定し、改めて技を分解すると

  1. 右回し蹴りを放つ
  2. 相手がガードする(≒右足がちゃんと相手に当たる)
  3. ガードされた右足を急いで降ろす(or自然落下?)
  4. 右足が着地すると同時かそれより速く左足を上げる
  5. 左回し蹴りを相手に当てる

ということを文字通り瞬きしている間に行わなくてはならない。流石は天才海堂さんである、彼以外にこれをやってのける者は確かにいまい(陸奥九十九はできたけど)
これを実際に実現するとどうなるか、と検索していたところ以下の動画にたどり着いた。明らかに人間の動き・物理的法則を超越している。

www.youtube.com

こちらの動画を見ると前述の仮定とは異なり、最初の右回し蹴りの時点で左足は地面から離れ、右足を伸ばし切った後に空中で体をひねるようにして左回し蹴りを放っている(再生速度を落として確認するとわかりやすい)
私は物理学は全然詳しくないが、空中で慣性的な動きを摩擦力なしに変えることってできるのだろうか。もし仮に可能ならばフィギュアスケート選手の空中スピンは新たな次元へと向かうに違いない。世界の羽生選手だってそんなことはできないと思うが。

これならば、まだ地面に左足をついたまま右回し蹴りをしたあとに急いで左回し蹴りを当てる方が簡単そうである。やっぱり双龍脚は実現不可能なんじゃない?

本当にできないのかもう少し考えてみる

実現不可能でした!ではよくある「いかがでしたか?」的な記事と何ら変わらなくなってしまうので、もう少し深ぼってみたい。

双龍脚は左右の回し蹴りを瞬時に放つことで成立する技だが、前段で考察したようにほぼ連続で回転方向が異なる回し蹴りを出すことは非現実的なので、近い構成の蹴りで代替できないか考えてみる。

例えば、右回し蹴り→後ろ左回し蹴りなどのコンビネーションはどの武術でもよく見られ、ブルース・リーの映画でも頻出する流れである。

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中国武術では里合腿→回って外摆腿(あるいは逆)の連環も見られる。

里合腿”真的可还行?三位“真.里合腿”擂台大师_动作

確かにこれはこれで十分に実用的なコンビネーションではあるが、蹴りの来る方向が一方向(正確には異なるが)からであり、双龍脚のそれとは趣が異なる。双龍脚の技としての良さは「ガードしている方向とは全く別の方向からの奇襲」だと推察され、故に虚実でいえば虚の部分を作り出して仕留めているところにあると推察している。
個人的な意見ではあるが、総合格闘技にしろ空手にしろ、突き・蹴りを問わずKOされる瞬間というのは見えない角度や予期せぬところから攻撃が当たった時も多く見受けられる。と考えると、やはり双龍脚のように「右だと思ったら左」「防いだかと思いきや次が来た」という状況を作り出せれば、同じとは行かないが攻撃としての目的は達成できる。
これを片足で実現する技も世の中あるが、今回はあくまで両足で攻撃することにこだわって考察したい。やっぱり双龍脚は無理だよ

代替的な技には何があるか

あくまで私が知っている限りの浅い知識からの例示で恐縮ではあるが、ほぼ瞬時に連続した蹴りを出す技には「二段蹴り」や「二起脚」というものがある。

「二段蹴り」は結構メジャーな技のようで、Youtube上にも多くの解説動画があった。

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この二段蹴りを初めて私が使ったのは確か高校生くらいのときだったと思うが、スパーリングなどで単独の蹴りを複数行ったあとに混ぜると面白いくらいに当たる。もちろんそれでKOできるかは別問題だが、1, 1, 1...というリズムの中に1, 1, 1, 1-2...と変則的な拍子を入れると、想像よりも結構引っかかってくれる。とはいえ、やはり虚→実という奇襲の意味合いが強いので一発目の威力はそこまででもないし、散々見てきたように威力を出したきゃそれなりに体重を片方に乗せなければいけないこともあり、二段蹴りは威力とスピードがトレードオフの関係にある。動画で安保選手が

  • (右足は)蹴り込まない
  • バネにしてジャンプに使う

と解説しているように、あくまで最初は注意を引きつけるもので、それ単体でKOを狙っているものではない。そうすると双龍脚≒二段蹴り説はちと厳しい。

では「二起脚」の方はどうか?私の習った二起脚は形だけ見れば確かに二段蹴りとあまり大差ないが、訓練方法に差はあるかもしれない。「拍」というのは手のひらで打つ、という意味だが、二起脚の動作では最後に足の甲を手のひらに当てるようにする。

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図だとわかりにくいが、左足で蹴り上げつつその勢いを利用して右足で飛びながら蹴り、最後に足の甲を「拍」する。この時、飛ぶ方向が重要だと教わり、垂直に飛ぶのでなく相手に飛び込むようにして蹴ることになる。

この動作、練習方法に何の意味があるのか?と問われた時、一番わかりやすいイメージとしては中国武術の解説本の中でも何かと話題に挙がる「鉄砂掌」に掲載されているイラストが近いと考えている。

blog.tenpodo.com

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ブログの説明を引用すると

一番びっくりしたイラストである。
相手の右ひざに飛び乗った瞬間に(これで相手は固定化される)貫手で目を、爪先で喉を
同時に攻撃するのである。
難易度Aクラスの技ではあるが、まず呼吸困難で死んでしまう
嘘だと思うなら、目隠しされてチョークスリーパーされればよい

恐怖心で血圧と脈拍があがり、その状態で呼吸困難になるのである。
鷹爪拳や猴拳、秘宗拳などの秘伝技である。

とある。こんな技をクリティカルヒットさせようものならムショ暮らし待ったなしだろう。二起脚がこのイラストの通りにすんなり行くかはさておき、前方斜め上に飛んで蹴り「拍」を行う理由を説明するにはかなり説得力がある。実際、片膝に乗って喉を蹴る…なんて器用なことができるかはわからないが、確かに習った時に「喉や顎を狙うつもりで」と説明があったと記憶している改ざんされていなければ。

これがタンタン、ではなくタタン!というリズムで出されるので、一発来るかと思ったら二発目(しかも手と足)がすかさず来るので、初見殺しには十分であろう。

しかし繰り返すようだが、やはりこの二起脚も双龍脚の構造とは少し異なる。二段蹴りにしろ二起脚にしろ、やはり一撃目で何とかするのではなく二撃目で仕留めるところは共通しており、且つ回し蹴りのように側面からの攻撃ではなく正面からの攻撃という方が近い。そして現実に二段蹴り、二起脚、あるいは通常の回し蹴りから後ろ回し蹴りなどの連環が技術として残っているのに、双龍脚のような別方向からの連続的な回し蹴りが技術として残っていないのは(もしかしたら私が見つけていないだけかもしれないが)、長い武術史の中で多大な研究をされてきた先人たちをもってしても「これは現実的ではなくね?」と残さなかったor残せなかったのではないだろうか。

もちろん理想通りに双龍脚のような技が出せたら間違いなく必殺技レベルだが、人間の反射速度の方がどう頑張っても連続で左右の回し蹴りを出す速度を上回ってしまいそうので(人によると思うが)、そのわずかな…コンマn秒の世界を制すには先のような二段蹴り、二起脚が現実的には限界…否、最も適切な形だったのではないかと考えられる。その二段蹴り、二起脚ですらまともに使いこなすのには相当の練習量が要求されるし、出せば必ず当たるという都合のいいものでもないはずだ。あくまで異なるリズムで相手の反応の隙を突く奇襲技だという考える方が自然だと思う。

ここまで考えればさすがに「双龍脚は無理だよ」と結論づけても許されるだろう。やはり陸奥九十九も認める通り海堂さんは天才である。俺には100年かかっても無理だ。

おまけ【奇襲技としての二段蹴りのバリエーション】

双龍脚は実現不可能だと結論づけたが、余談でどんな二段蹴りが世の中に伝わっているか考えてみたい。

二段蹴り、二起脚は先に例を示したが、他にも「拳児」では八極拳套路「大八極」に出てくる「連環腿」というものがある。

中国拳法の蹴り技を紹介! | 中国拳法のすすめ

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この「連環腿」というものは、何も八極拳の専売特許ではなく「連環(lian2huan2)」という言葉は中国語で「関連した、連なった」という意味があるから、八極拳以外の門派でもこうした連なった蹴りの組み合わせは見られる。「拳児」ではこの連環腿を主人公の拳児がピンチの場面で使い、見事ライバルのトニー譚を退けている。連環腿の最初の右の蹴りをトニーは「ちっ」と反応してガードするも、その直後に本命である左の蹴りを顎に喰らってKOされる。しかも後日談でトニーは顎の骨が折れたらしいことが説明されていた。

これを見ると連環腿がものすごい必殺技に見えてしまうが、手などの使い方はさておき、大まかな原理は二段構えの蹴りである。ただ、ここで興味深いのがこの連環腿は「あえて」タイムラグを作り出しているのではないか…ということだ。

双龍脚は瞬時に左右の蹴りを相手に叩き込む、という技であるため、一発目と二発目の間隔を空けずに蹴ることが求められる。一方、連環腿はどうしても右と左をきちんと蹴るために左右の蹴りの間に一定の時間差が生じる。この間隔が何秒ならば正しいか…ということは定義できないが、一発目が不発に終わり、相手が「よし、ガードした」と油断、もしくは攻勢に転じた瞬間に二発目が来る…というところが人間の心理を巧みに利用していると仮定すると、中々いやらしい技だなぁとも思う(本当にそうなのかは断定できないため、あくまで仮説であることを断っておきたい)

上記で例示した「連環腿」がそういう戦術の元に誕生したか否かは断定できないが、こうした攻撃のリズムを速い遅いを問わず巧みに不規則にし、相手の虚をつくという類の技は何度か紹介していただいたことがある。その度にそれが偶発的に、ではなく再現可能なものとして残されているのは伝統武術の面白いところだなと感じた。

日常生活では規則的なリズムの中に不規則な気持ち悪いリズムが混じっているのを聞くと「うーん、なんか不自然だなぁ」と自分の慣れ親しんだ規則正しいリズムに当てはめようとする(≒脳内で修正しようとする)が、戦いではむしろ相手の嫌がることをするのが戦術のうちの一つだ。「俺が思っていたリズムと違う!」という風に、嫌なリズムを意図的に作り出してその隙をつく、そしてそれが技術として伝わっている…というのが繰り返しにはなるが伝統武術の素晴らしいところである。

…話が少し連続蹴りから逸れてしまったが、他にも連続蹴りを両足に限定をしなければ片足でインローからのアウトロー(相手の足の内側を蹴り、そのまま返す足で外側を蹴りおろす)や鉄拳で風間仁がやるような外側を蹴った足を返して内側を蹴る、なんてものもある。

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「これはゲームだろう?」と思われるかもしれないが、先の二段蹴りも元々は格ゲーで見たものを真似して実りあるスパーリングでの発見となったのだし、およそ現実では中々目にしない、しかし実在する技も出てくるので参考資料としては侮れない部分がある。

両足によるコンビネーションに比べ、片足でのコンビネーションの方が器用なことができたりするため、あえて両足を使って…ということにこだわらなければ使い勝手はいいかもしれない。

まとめ

双龍脚にはじまり、二段蹴り、二起脚などを考察し、おまけで他の連続蹴りも例示して、総論として「双龍脚は実現不可能だと推測されるが、現実には奇襲戦法として両足による連続蹴りが多方面で見られ、技術として確立されている」というところだろうか。もし読者本人、もしくは読者の知り合いに「双龍脚再現できるぜ!」という方がいたら、浅学をお詫びするとともにこの結論を喜んで撤回するのでどうか教えていただきたい。